ビジネスをデザインでひらく 公益財団法人大阪産業局・デザイン活用支援 oidc(Osaka Innovative Design Connect)

成果事例 有限会社ビートテック

有限会社ビートテックの刺繍機・アップの画像

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独自性が鍵/クイックワッペン®︎は世界を変えるか!

「もうダメかもしれない」刺繍屋の二代目のため息は1年でV字回復!

ビートテックの刺繍機はフル稼働を続ける

デザイン相談と共に歩んだサクセスストーリー!

大阪のど真ん中で刺繍業を営む「有限会社ビートテック」の濱田社長にお話を伺いました。

 

ビートテック濱田社長と小山啓一

 

―― まずは、ビートテックの歴史や歩みについて教えてください。

濱田氏うちは祖父の時代から刺繍を生業(なりわい)にしています。祖父は刺繍の会社に勤めていて、父は祖父に進められ、刺繍データを作成する会社へ就職しました。父は自らの刺繍データの作成の技術を生かして1989年に独立したんです。これが有限会社ビートテックのスタートですね。その後、刺繍機を入れて刺繍自体の委託を受けたり、製品の製造や販売をしてきたという経緯があります。(1992年に法人化)

 

―― 濱田さんが会社を継ごうと考えた経緯を教えてください。

濱田氏僕はもともと全く違う業態の会社に勤めていました。30歳になったタイミングで家業を継ぐことを決めました。最も大きな理由は「刺繍会社の家に生まれたから」ですね。そういう運命を感じていました。それと、会社勤めでは満たされない「自分の力でビジネスをカタチにしたい」という思いがあったんです。

 

ビートテック濵田社長と先代社長

   先代社長の濱田正徳さん(左)と濱田社長(右)  

―― お客様のペットの写真を刺繍にするサービスをやっていましたよね?

濱田氏はい、今もやっています。お客様から送られてきた写真を刺繍で再現するというのは、普通の刺繍屋はやりたがらない特別な技術です。ただ、月にぽつぽつと売れる程度で、先細りする刺繍業界の流れに抵抗できるようなものではないです。

 

―― 売上の主体はほかにあるということですね?

濱田氏本業は、メーカーさんの製品に施す刺繍の受託です。ところが、弊社の売上の9割を占める大口の取引先が倒産してしまったんです。

 

―― それは、めちゃくちゃ苦しいですね。

濱田氏はい、もうダメだと思いました。僕は父親の会社に入社したのですが、給料なんてなかった……。今までの貯蓄で生活する、追い詰められるような日々が続きました。 僕らのような中小企業は、基本的にBtoBが回らなければ安定しない。ペットの写真を刺繍にする顧客の多くは個人ですからね。

 

―― そんな最中でしたね、濱田さんと「産創館」でお会いしたのは!

濱田氏はい、大阪産業局でさまざまなサポートを受けました。「無料で中小企業のサポートをしてくれる」そう聞いて訪ねました。そこで、小山さんからマーケティングの基礎を学ぶ機会がもらえて「いかに本業を基にした独自性を作るか?」を考え始めました。小山さんと壁打ち的にアイデアを出していたときは、独自性のある刺繍技術を確立し、大手アパレル企業などへ売れるものができたらと考えましたが、難易度が高く試行錯誤が続きました。

 

―― 試行錯誤の中で生まれたのが「クイックワッペン®︎」ですね!?

濱田氏はい、刺繍技術で独自性を!と考えると、機械の限界にぶち当たります。刺繍機にできることは限られていて、弊社の機械にできることは、同じ機械を持っている企業にならできてしまいます。そこで、小山さんから、誰もが陥っているバイアス(固定観念)を壊すようにとアドバイスを受けて、いつの間にかワッペンに注目していたんです。 実は僕、ワッペンは最も可能性の低い、筋の悪い商材だと思っていたんです。 その中に鍵があったんです。「ワッペンは筋が悪い」と考えていたその根底に「アイロン」があったんです。

 

―― アイロン。確かにワッペンを付けるのは面倒ですね。

濱田氏そうなんです!実は、最近の若い方たちの暮らしの中にアイロンがないんです。一家に一台という神話はもう通用しない時代。ワッペンを買っても付けられない、付けられたとしても失敗しやすいんです。アイロンがけ自体難しくて、私も何度も失敗して、シャツを焦がしたことがあります。そんな経験を重ねる中で「アイロンワッペンは時代的に無理だ!」と思っていました。友達と交換したり、自分で服をデコるという面白さがありながらも実際売れなかった。

 

―― けれど、その経験がトリガーになったんですよね?

濱田氏はい!これ、実際にワッペンを付けようとして焦がしてしまったパーカーです。こんな事故が起こればパーカー自体が着られなくなるし、アイロンが怖くなる。また、ちゃんと付着せずワッペンが剥がれれば、お客様からクレームとして返品を要求されたりもします。

 

濱田社長のアイロンの跡の残るパーカー

 

―― 皆が避けることからイノベーションを生むというのは、私(小山)の得意なスタイルなんですよ。そこで、刺繍=アイロンというバイアスを破壊する衝撃的な出会いがあったわけですね?

濱田氏そうです!のり(接着剤)です。布と刺繍を貼り合わせるパワーがあり、洗濯しても大丈夫という耐久性を兼ね備え、シールのようにさっと貼れる自在性、利便性を確保できる。そんな奇跡のような材料に出会ったんです。

 

―― そのときの驚きが目に浮かびますね、感動したんじゃないですか?

濱田氏はい、めちゃくちゃ感動しました。ただ、材料そのままでは刺繍ワッペンに使えるものではなかったんです。そこからお客様が、気軽に貼って楽しめるワッペンとしてしっかりと機能するように、改良を続けることになりました。ただ「これはすごいことになるぞ」という期待感に背中を押され続けていましたね。

 

―― 秘密のレシピが完成して、洗濯試験をクリアしたときはうれしかったでしょうね!

濱田氏小山さんが散々言ってくださった「独自性」が完成した瞬間ですよ!(笑)コカ・コーラみたいに「ほかでは解明できないだろう」という秘伝のレシピ、製法です。

 

―― 次は売るフェーズについてお聞きしたいんですが、最初はどこからスタートしましたか?

濱田氏最初は展示会でした。誰も知らないこのワッペンを知っていただくためには?というお題についても「大阪産業局」さんを頼ることになりました。O-TEX2025にエントリーさせていただいてインテックスでの展示会に出展したのですが、右も左も展示の方法もわからない中、手厚いサポートをしていただきました。 ワントゥワンで対応してくれて、親身になって企業を支えてくれる姿勢とか……今でも信じられないです。

 

―― 何度も足を運んでいただいたあとの答え合わせのようで、どうなるかと会場を視察しましたが、濱田さんのうれしそうな顔が印象的でした。あそこからビジネスはどうなっていきましたか?

濱田氏それが、阪神タイガースさんから声をかけていただき、タイガースさんからのご依頼で、公式グッズをクイックワッペン®︎で作ることになりました。それは、大企業さんとお付き合いするには何をどうするべきかを知る経験、学びになったんです。

 

有限会社ビートテック「クイックワッペン」

 

―― 「どうしてもクイックワッペン®︎でやりたい」というオファーですよね?

濱田氏はい、どうしてもクイックワッペン®︎でやりたいと言っていただき、タイガースの公式グッズ、つまりは中間で仕掛ける企業が入ってのビジネスではなく、阪神タイガースのライセンス会社様からの直取引のお仕事ができました。見てください!パッケージの裏に「クイックワッペン®︎」と表記されて「有限会社ビートテック」と社名が入っているんです。これは、小山さんに相談しながらクイックワッペン®︎を「ブランド」として立ち上げていく話が形になったものです。刺繍してのりを付けているだけでは、ビートテックの名前が前に出ることはありませんが「クイックワッペン®︎」という独自性をブランドに昇華することでこんな売り方をしてもらえたんです。

 

―― 脇役から主役へ!ですね。独自性だけでビジネスは成功しません。どう「勝ち筋」を描いていくか?がブランディングやプロモーション戦略です。しっかりやっていきましょう!

濱田氏はい!お客さんからデザインをいただいて製作させていただくものですが、クイックワッペン®︎として名前を出せる。ゴアテックスやYKKのチャックとかも同じですよね? この構想が見えてきて、ビジネスの勘所も出てきていたころに挑戦したのが東京ギフトショーへの出展でした。

 

―― やっぱり東京は違いますか?

濱田氏スピード感をもってここまできましたが、そこからさらに加速していけるか?東京の展示会への出展は大きな意味を持っていました。最先端のトレンドが生まれるその中心に出ていけるか?そこで扱ってもらえるのか?気づいたのは、東京のバイヤーにはモノを売りたい以上に「トレンド(新たなムーブメント)を創りたい」というスケール感があるということです。

 

―― ずばり成果はありましたか?

濱田氏はい、世界で最も売れているスーパーアパレルブランドの責任者様から「名刺を交換したい」と声をかけていただき、一緒に「新たなトレンドを作っていく」そんな話になりました。普通はお会いできないような、ビッグビジネスを創ってきた方が、たまたま展示会に来られていて、その感性、琴線にクイックワッペン®︎が触れた。運もありますが自信になりましたし、とてもうれしかったです。

 

―― 実際のお仕事にはなったんですか?

濱田氏はい!契約が締結し、クイックワッペン®︎はもとより、従来の刺繍ワッペンのお仕事も頂いています。 今、うちの機械が止まることなく動いています。うるさくてすみません(笑)。名前が出せるところで言うと、富士急ハイランド様のような老舗のエンターテイメント企業からもお声をかけていただきました。仕事になる、ならないを別にして、たくさんの大手企業さまからお話をいただいた東京での挑戦でした。 そういう、発表の場があることも知らない私の背中を押し、手を引いてくれたのが「大阪産業局」さんです。おかげで売上も過去最高を更新し続けています。小山さんに最初に会ったときとはまったく違いますね。

 

有限会社ビートテック 濱田社長

 

―― 企業さんの頑張りが双葉を出して木になり、育っていく姿が一番の喜びなので、今の濱田社長の言葉で幸せをもらえています。これからの抱負や描く未来についてお聞かせください。

濱田氏ワッペンが再定義されて、交換したり、デコったり、自転車に付けたりもできるなど、楽しみ方が文化になっていったらいいなと思っています。そして、未来の夢は「たくさんの雇用を生み出す会社になる」ことです。日本で製造することの意義や、若者、主婦、年配者も含めて働く楽しさをこの日本に置きにいける会社を目指したいです。刺繍業界も高齢化の進む絶滅危惧状態です。その中で何ができるのかを問いたいです。

 

―― 企私たちの思いとしても「雇用を生み出してほしい」があります。大阪産業局・大阪産業創造館が中小企業をサポートしている意味がそこにあります。濱田社長の思いがうれしいですね。

濱田氏:大阪産業創造館ですもんね(笑)

 

―― はい。そうです!最後に同じように頑張る経営者さんにアドバイスをお願いします。

濱田氏大阪の企業の「横横」のつながり、薄い付き合いではなく濃いつながりが大事です。一つの企業じゃ無理なことも集まればできる。そういう仲間を作ることは意外と重要かもしれません。そんなつながりからテレビ出演の話が来て、中川家の礼二さんの番組にも出ました。大阪の企業は助け合わないと!と思います。 みなさん、どこかでお会いした際には、お声かけください。ぜひ、よろしくお願いいたします。

 

INTERVIEW・WRITING・PHOTO:大阪産業局デザイン活用支援oidc 小山啓一

「刺繍を生業とする」決意の挑戦 

今年、有限会社ビートテックの二代目社長に就任した濱田さん。出会いは2年ほど前。スマートフォンのカバーに、お客様から送られたペットの写真を丁寧にデータ化し刺繍をしているとのこと。刺繍を施した新たな製品の企画・デザインについて相談され、ひと通りのアドバイスをさせていただいた。ビジネスの危うさを感じ「本業を主役とした独自性を創出する必要性」を説いた。しかし、目の前の刺繍機械にできないことは「できない」。刺繍自体による独自性には限界があった。濱田社長が着目し、開発したのは刺繍ワッペン用の「接着剤」だった。アイロンを必要としないシールのように貼るだけの刺繍ワッペンは、バイアスをぶち壊す完璧なイノベーション である。  クイックワッペン®︎     の主役は「刺繍」であり、刺繍そのものを売る本業中の本業である。 このように独自性を見出したビートテックの挑戦は快活にスタートした。しかし、追手は必ずやってくる。「クイックワッペン®︎」というブランドの構築は急務となっている。


デザイン相談活用企業事例
小山啓一
小山 啓一(こやま けいいち)

小山 啓一
(こやま けいいち)

ブランディング・デザイナー