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2024デザイン・オープン・カレッジ フォーラム「中小企業の未来 ビジョンに基づく経営とは」開催報告
中小企業の未来ビジョンに基づく経営とは–ビジョンを実現するための具体的ステップ–
2024年10月8日に開催されたデザイン・オープン・カレッジ フォーラムでは、「ビジョンに基づく経営」をテーマに、株式会社コンセント代表の長谷川敦士氏が講演を行いました。冒頭で、長谷川氏は「ビジョンとは何か?」という根源的な問いを投げかけ、ビジョンの基本的な考え方について説明されました。
もともとビジョンという言葉には「視界」や「視野」という意味があります。「見える」という概念から「見通し」を意味するようになり、経営においても重要な位置づけとして使われるようになりました。しかし、ビジョンを「目標値=ゴール」としてのみ捉えることは、本質を見誤る可能性があります。
長谷川氏は、自社ビジネスに対する洞察や将来の可能性を感じ取り、それをビジョンにする過程が重要であると述べました。短期的な視点に囚われず、根拠のある未来の道筋を示すことが重要であり、社員全体がビジョンに向かって主体的に動くことで、理想の経営体制が実現されると強調しました。
ビジョンステートメントを作成する際のポイントとして、長谷川氏は①現状認識(問題意識)、②ベクトル(方向性)、③ジャンプ幅(到達距離)、④実現可能性を示しました。また、ビジョンが失敗する原因として、現状認識やベクトルのずれ、方向性の曖昧さなども指摘されました。
ここで長谷川氏は、ビジョンが具体化した事例として、アップルの「iPhone」と「iPad」を挙げ、ビジョンを元にした戦略的な開発過程について解説されました。
スティーブ・ジョブスのビジョンは、最初から「iPad」のようなタブレット型情報端末を目指すものでした。これは、1968年にアラン・ケイが提唱した「Dynabook構想」に影響を受けたもので、アップルの未来を見据えた「ビジョン駆動型デザイン」の好例と言えます。
しかし当時、市場はタブレットの普及には未成熟であったため、ジョブスはまず「iPhone」を開発し、タッチスクリーン端末の市場を育てました。このステップにより、消費者に新しいデバイスに慣れ親しませた後に「iPad」を投入し、ビジョンに基づき未来のライフスタイルや市場を具体化したのです。
このような例からわかる、ビジョンを見える化するためのステップとして、①現状の正しい認識、②未来の兆しの把握、③あるべきシナリオの検討、④ビジョンステートメントの作成が挙げられました。
また、現代の不確実性が高い「VUCA」時代においては、未来を見通すためのビジョンがより重要とされます。長谷川氏は、ビジョンを持つためのアプローチとして「アブダクション(未来に対する仮説形成)」の重要性についても触れました。仮説→試作→検証→実行というプロセスでビジョンを磨き上げることで、柔軟かつ持続可能な経営が可能となることを強調されました。
ビジョンとビジネスモデルの関係について、長谷川氏が紹介された事例は、食材デリバリーサービスを展開する「Oisix」、「食べチョク」、「POCKETMARCHE」の3社です。これらの企業は同様のビジネスモデルでありながら、異なるビジョンを掲げることで独自の方向性を打ち出しています。以下、それぞれのビジョンと特徴を解説します。
Oisix
ビジョンステートメント:「これからの食卓、これからの畑」
ポイント:Oisixは、安全で安心な食材をワンストップで提供することに重きを置き、家庭の食卓を重視しています。このビジョンに基づき、食材の調達先から消費者の元までの流れを一本化し、信頼性と利便性を高めています。結果として、家族の健康と食の楽しさをサポートするサービスを展開しています。
食べチョク
ビジョンステートメント:「生産者の“こだわり”が、正当に評価される世界へ」
ポイント:食べチョクは、特に生産者同士のつながりと一次産業の課題解決を重視しています。農家や生産者の「こだわり」を消費者に直接届けることで、品質の高さや想いが評価される仕組みを作っています。ビジョンに基づく活動として、地域の生産者と消費者をつなぎ、持続可能な農業や生産環境の向上を目指しています。
POCKETMARCHE
ビジョンステートメント:「共助の社会を実現する」
ポイント:POCKETMARCHEは、生産者と消費者のつながりを構築し、共助社会の実現を目指しています。単なる商品のやりとりではなく、互いに助け合い、信頼を築くプラットフォームの創出を目指しており、サステナブルな社会の形成に寄与しています。
これらの事例が示すように、ビジョンがサービスの方向性を定め、どの要素に力を入れるかを決定するうえで重要な役割を果たしています。各社のビジョンが明確であることで、事業活動が一貫性を持ち、差別化を図りながらも持続的な価値を創出する基盤となっています。このように、ビジョンデザインは身近な経営の実践においても、具体的な行動指針を示すものとして大きな影響を持つことが分かります。
講演の最後には、株式会社コンセントが手がける「CONCENT Transition Design」というプロセスが紹介されました。
このプロセスは、①現状課題の議論、②過去の価値観変化のリサーチ、③過去リサーチ結果の整理、④未来を先取りした事例の収集と未来シナリオの作成、⑤新しい文脈の創造(価値の変遷としてまとめる)というステップで進行します。時間軸に基づいたビジョン形成を目指すことで、未来のビジョンを現実に結びつける効果的な手法であることが示されました。
本講演は、ビジョン経営を深く理解するための示唆に富むものであり、参加者に多くの気づきと学びを与えました。
受講者アンケートの結果からは、下記のようなコメントが寄せられました。
- ビジョンの「射程」のとり方と「ジャンプ力」を意識することの大切さを学んだ。
- アブダクション思考を持つように意識したいです。
- ビジョンの正しい解釈にフレームワークがあると安心する部分がありますが、自分達で考えアブダクションにもっていくこともアリなんだと思いました。
- 資料を拝見するに3回分くらいの内容だと思います。